2011年8月11日木曜日

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★「8月6日の転校生を訪ねて」取材@宝塚(20110810)

2011年8月11日木曜日 15:26


2011年8月10日(水)

朝品川を発ち、新神戸に降り立った二人は、宝塚市のエデンの園に入居されている茂木さんを訪ねます。機材が多いので、新神戸からタクシーで1時間かけて移動しました。

余談ですが、途中東灘や 芦屋、夙川の山の手を通りながら、タクシーの運転手さんは有名人の家をあれこれ指さして教えてくれました。





エデンの園の集会室で、さっそく茂木さんのインタビューを開始します。インタビュアーは安藤さん、マイクの係は室田さんです。

茂木さんは、小川さんと共に西南女学院の高等女学校を卒業後1945年4月に広島女学院の専門部に入学されましたが、初めて登校したのは8月6日。礼拝が終わって教室に戻る狭い廊下で被爆しました。幸い講堂内と違って狭い廊下だったので隙間ができ、建物の下敷きにならずに済んだとのこと。

被爆後、関門トンネルを通って何とか小倉に戻り、西南女学院に戦後できた専門部に入学。英語の教員免許を取得されます。定年退職されて大阪に行かれたお父さんと共に大阪へ移り、大阪女学院高校の英語の先生になり、30年以上奉職されました。

今の若い人たちに言いたいことをお訊ねすると、「しっかり本を読んで、自分の判断力を身につけてほしい。自分たちが流されてしまったようにはなってはいけない。」とおっしゃいました。

取材を終えてロビーでタクシーを待っていると、ご自分の部屋から下りてこられた茂木さんが通りかかり、しばらく高2の二人と楽しく会話されていました。元女子高教師の本領発揮です。

今回4人の方のお話を伺い、その生活を伺っていて、4人が4人とも、それぞれ今の生活を十分楽しみ、充実させておられることに感動しました。原爆によって刻印された心や体の傷を見事に克服して、たくましく余裕をもって、それぞれの道を歩んでこられたのです。

3日間の取材が、今後どのような作品となって世に問われるか。
それは、今回取材を行った2人の生徒が、4人の方たちとの出会いからどのような影響を受けてどのように育っていくかと同じく、未知数です。
神の導きを祈るしかありません。(矢野一郎)