2011年6月4日土曜日

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★広島電鉄と取材交渉(20110530)

2011年6月4日土曜日 8:13
2011年5月30日(月)

千田町の広島電鉄本社へ、ヒロシマ・アーカイブの取材交渉に行ってきました。

広島電鉄さんの路面電車は、広島を象徴する存在です。被爆3日後には己斐~天満町間の運行を再開していたという、不死鳥も真っ青の史実からも、広島市民の復興希望の象徴として、不動の位置を占めているのです。

しかも、当時の被爆電車のうち、651号と652号は今も現役で、朝のラッシュアワーに主に広電西広島~広島港間を走行しています。これら現役の被爆電車の取材をさせてください、とお願いしに行ったのです。

対応してくださったのは、本社総務チームのチーフ山本さんと、同じく企画チームのチーフ山広さんです。ヒロシマ・アーカイブの趣旨を説明し、取材を申し込むと、あらかじめナガサキ・アーカイブの勉強もしてくださっていたお二人から、快くOKをいただきました。もちろん、事前にコンテンツを示して納得していただいてからの公開となりますが・・・・・


通された応接室には、広電さんの歴史を物語る展示が多数ありました。その中には、日本中の路面電車を引き取って活用しておられる広電さんらしく、各地の路面電車のプレートも・・・・。

なお、被爆当日に路面電車の運転士をしていた女学生の藤井さん(福山在住)と豊田さん(倉敷在住)の連絡先も教えてくださり、お二人の証言も含めて取材したいと思います。

お忙しい中たいへん丁寧な対応をしてくださった広島電鉄様・山本様・山広様に心より感謝申し上げます。(矢野一郎)